日本のこころ

日本語の中で好きな言葉があります。
それは「いただきます」と「ありがとう」です。

食事の時に使う「いただきます」という言葉は、僕にとって色々な意味を含んでいます。

命をいただいているという自覚と、そこから発する命あるすべてのものに対する感謝と敬意の気持ち。
それらの命を育て、屠殺や収穫をし、配送や販売をしてくれる方々への感謝の気持ち。
料理をつくってくれる方への感謝の気持ち。

僕はこの「いただきます」という言葉が持つ意味を理解してから、食事の時には必ず手を合わせてこのような気持ちとともにいただくようになりました。
世界には「いただきます」に相当する言葉を持たない国や地域が多く存在します。
見えにくいものに対しても思いを馳せる、寛容と慈悲の心を大切にし続けてきた祖先に対して深く感謝したいと思います。

感謝の気持ちを伝える時に最もよく使う「ありがとう」という言葉も僕にとって大切な言葉です。
「ありがとう」の語源は、「有難い」つまり「滅多に無い」という意味です。
例えば英語では同じく感謝の気持ちを伝える時に「Thank you」という言葉を使いますが、これは「I thank you」(私はあなたに感謝する)を簡略化した言い方です。
「私が」「あなたに」感謝する、と主体と客体を明確にしている「Thank you」に対して、日本語の「ありがとう」にはそれらが明確に示されていません。このことは、共同体意識を大切にする日本の特徴をよく示していると思います。

さらに言えば「有難い」「滅多に無い」というのは、「私にとっても、あなたにとっても、滅多に有難いことですね」という意味を指しているように僕には感じられます。
山田さんが鈴木さんに対して感謝すべき事をしてあげた時、それは鈴木さんにとって「有難い」だけではなく、山田さんにとっても「有難い」ことなのです。
何か感謝すべきことをしてあげた方は、された方に負けず劣らず嬉しいものです。
山田さんがいてくれたことで鈴木さんは嬉しい気持ちになれ、鈴木さんがいてくれたことで山田さんは嬉しい気持ちになることができた。日本語の「ありがとう」は、そのような「一期一会」を大切にする言葉のようにも思えるのです。

 

日本は僕にとって「かみほとけの国」でもあります。
日本人は、昔から神様と仏様をともに大切にしてきました。
今でも神社とお寺が同じ敷地内にあったりするというのは日本特有のことのようです。
日本では、神様と仏様はとても仲が良いのです。
また、日本古来の神様は一神教的な絶対神ではありません。
それはいわゆる八百万の神々であり、「神様」は文字通り至るところに存在しています。
大小を問わずあらゆるところに神様の存在を認め、自然と調和しながら生きてきた日本人の魂は今も生き続けています。

 

現在の日本は祖先の方々の膨大な努力の上にあるということも忘れてはいけません。もちろんそれは歴史に名を残す者も然り、無名の者も然りです。
そのなかで日本の心を体現する一人として「聖徳太子」を挙げたいと思います。
彼が行ったとされる仏教の受容、十七条憲法や冠位十二階の制定などは非常に先進的な取り組みでした。その中でも十七条憲法は僕にとって思い入れが強いものです。
十七条憲法は、当時の貴族や官僚に対する規範を定めたものですが、同時にそれだけにとどまらないものでもあります。
というのは、この十七条の中には日本人皆に通ずる「心」のようなものが体現されているように感じられるからです。

和を尊ぶこと、自分と異なる考えに対しても寛容になること、重要なことは皆で話し合って決めること、など現在の日本にも通ずる素晴らしい知恵がそこには織り込まれています。
今も「聖徳太子は生きている」のです。

 

天皇」は一貫して日本の象徴的な存在であり続けています。
歴史上幾多の困難を乗り越え、天皇(制)は常に生き続けてきました。
長い伝統において保守と変革を繰り返しながらも、常に日本人の心に寄り添う存在であり続けてきた。このことには一点の曇りもありません。

東日本大震災後、今上陛下と皇后陛下美智子様が、ある避難所をお見舞いのために訪ねられた時のことです。(僕はその様子をテレビで観ていました。) 
美智子様が、赤ん坊を抱っこした一人の若い女性のもとに静かに近寄られました。その女性が「震災の中、この子を産みました」と言うと、美智子様は「大変でしたね」「無事に産まれて本当によかったですね」と、本当にあたたかく接しておられたのです。その若いお母さんは感動を抑えきれず、涙を流していました。

僕はその時に、両陛下がなぜこれほどまでに多くの国民に愛され、尊敬されているのかが少し分かったような気がしました。

ふとした際に心をよぎる 懐かしい想いの数々
「日本のこころ」は様々な場所に息づいています。



法華義疏(抄)・十七条憲法 (中公クラシックス)

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昭和天皇―「理性の君主」の孤独 (中公新書)

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